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花月啓祐×谷口洸「ペインティング・シード 」


2023年9月29日(金)~2023年10月15日(日)

13:00~20:00(月.火休廊)


絵描きの中には、絵を描く前につまずいてしまう者たちがいる。彼らは規格サイズの木枠に、お手頃な価格で購入した画布を張り、買ってきたチューブ絵の具で絵を描くことを、どこか嘘っぽいと疑ってしまった者たちだ。画家とは真実を探求する生き物だ。そんな彼らに対して、メーカーが用意した量産型の画材で本当に良い絵を描け、と言う方がおかしいのかもしれない。だからこそ、つまずいた彼らは絵を描くための支持体を一から作り出す。ある者はパネルを自分で設計し、ある者は布を特殊なルートで調達し、またある者はオリジナル絵の具を開発する。絵を描くだけなのに、回りくどいことを彼らはしているものだとつくづく感じる。

  そして、その疑り深い不器用な画家たちは大きなハンデを背負っている。絵を一枚仕上げるのに他の画家よりも多くの時間と資金を費やしてしまうことだ。そしてこだわりの木枠や画布に費やした目に見えぬ努力は、往々にして誰にも気づかれない。ただでさえ食べていくことが難しい画家の世界にも関わらず、薄利多売の資本主義において余計に不利な立場に自らの身を置いてしまっていると言えよう。



  ルネサンスの画家たちの工房はまるで錬金術の実験場だったという。各工房には絵の具に関して秘伝のレシピがあり、それを弟子たちが継承しながら発展させていった。カラフルな顔料が粘性を持った油や樹脂と混ざり合って不思議と固まり、それが画布の上でイリュージョンを魅せるという神秘的な現象がそこにはあったのだと思う。

  しかしながら現代の絵画はどうだろうか。科学的に丸裸にされてしまった絵の具の定着原理を、各企業が量産し易い形で販売している。世界中どこのアートショップに訪れても似たり寄ったりの画材が手に入る。結果、資本主義的に消費しやすい絵画で溢れてしまってはいないだろうか。さらに現代の画家たちは数多のSNSを通じて、イメージやモチーフ、技法を世界中のアーティストたちからリアルタイムで吸収し、そうやって流行に合わせた絵画を再度Instagramに投稿している。さらにコレクターは現物を観ずに、Photoshopで加工された作品の画像を見ただけで購入できてしまう。現代の絵画は写真の見栄えさえ良ければ良い、イラスト的な絵となってしまってはいまいか。消費しやすく、どこか薄っぺらい、現代絵画とはそういったものなのかもしれない。

  絵画は所詮イリュージョンである。ただの一瞬のきらめきだ。しかし、同時に現実世界に存在している宝石でもある。写真では伝わらない物質的な絵の具の重なり合いの中で生まれる薄くとも厚みを持った美しさを、現代の画家たちは改めて探求すべきではないだろうか。いつの世も画家のライバルは歴代の巨匠たちだ。彼らの神秘的な輝きを放つ絵画に対抗するには、つまずきながらも実験的な絵画制作を行わざるを得ないのではないだろうか。

 画家で東京芸大油画科の教授の小林正人はある時の新入生の説明会で、「つまずいて転んでうんこを踏んでも良い、そのうんこの中にダイヤモンドを見つけるのが絵描きってものだ。」と言っていた。不器用な画家たちよ、回り道をして沢山つまずこうではないか。本展ではそんな彼らが回り道をして、つまずきながら進む、絵画の探求の旅路に注目したい。絵画が綺麗であることには技術的な理由もあるはずだ。そんな回りくどい種や仕掛けに焦点を当てた展覧会である。




花月啓祐

 花月が膠で覆われた半透明のキャンバスの支持体を使い始めたのは、コロナウイルスによる緊急自体宣言下で半年間鹿児島県の実家に留まっていたことに起因する。彼は当時、毎日散歩をしていた。散策コースからは桜島が見えて、火山灰やPM2.5、外気の影響を受け、毎日見え方が違っていた。この同じ景色の微細な変化に半年間向きあったことが、彼の周りの環境に左右されやすい絵画を制作するきっかけとなった。

 彼の制作手順としては、

1. 木枠の幅と厚みを設計する。木目が良く、色が良い木材を使用する。

2. 木枠に布を張る。程よい透け具合が期待できる布目が好ましい。

3. 画布に膠(にかわ)を溶かした水を塗布する。水が蒸発し膠が残ることで画布の表面に半透明の塗膜が出来上がる。外界の気温や湿度、風通しに仕上がりが大きく左右されるため制作において最も重要な場所である。

4.最後に布目に硬めの色鉛筆を通す。

 という工程を踏んでいる。

 花月の制作は実験と観察の連続である。制作環境の気候条件によって失敗、成功が左右されされやすく、予測が立たないことも多い。同じ部屋の中でも風の通り具合で出来上がりが変わってしまう。結果だけが発信される現代社会の中で、微細な変化の機微を観察・鑑賞しようとする。


谷口洸

 谷口は海のすぐ側にある全寮制中高一貫校を卒業している。その学校では様々な娯楽が禁止されて外出もできなかったため、彼にとって外の景色を見ることが最大の暇つぶしだった。その中でも波風の影響で刻一刻と変化していく雲に彼は注目した。海景という気の遠くなってしまう景色の中で、唯一雲だけが彼の退屈を紛らわした。その繰り返す日々の中で微細に変化する雲を眺めるという青春時代の経験が、同じサイズや題材の絵画を色彩を変えながら制作するきっかけとなった。

 彼の制作手順としては、

1. 木枠のサイズを設計する。安価で反りが少なく、見た目も美しい集成材を使用する。

2. シナベニヤ板を任意の形に切り抜き、ステインで着色する。シナ材が持つ木目の美しさを程よく強調すること

3. 木枠にシナベニヤ板を貼り合わせる。色と形の組み合わせがこの段階でほぼ確定する。

4. 貼り合わせたパネルに透明の下地を塗布し、その後着彩していく。

 という工程を踏んでいる。

 谷口の制作はDIY的な試行錯誤の中で絵を描いている。繰り返し行う木材の切り出しや、塗料の塗布は得てして随所で失敗してしまうものだ。完璧を目指すのではなく自分が積み重ねた小さな歪みたちを捉えようとし、同じとも思える作業の中にふと訪れる自分の身体的ゆらぎを捉えようとしている。













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